2021年11月12日、本庶佑(ほんじょたすく)先生と小野薬品工業とで争われていた特許使用料の分配についての訴訟が和解したというニュースがありました。


本庶佑先生とは


がんの免疫治療薬を開発して、2018年にノーベル医学生理学賞を受賞した本庶先生


がんの免疫治療薬!すごいです!


今までの「抗がん剤」というのは、「がん細胞を攻撃する」というもの。


細胞を攻撃するのに毒を使うのですが、がん細胞自体がその毒に強くなっていったり、体に副作用もあるらしいのです。


だから、お医者さんは、最小の毒で最高の効果を発揮できるよう、いろいろ工夫して患者さんを診ています。


ところが!

本庶先生が開発したのは、

「もともと体の中にある免疫細胞で、がんをやっつける」

というものです。


がんは、まるで羊の皮をかぶったオオカミのように、がん細胞であることを悟られないように生きているので、免疫細胞はがんを見つけられないらしいのです。



でも、本庶先生が開発した薬は、その免疫細胞に「それは、普通の細胞の顔をしてるけど、がんですよ!」と教えてくれるもの。



体の中にもともとある免疫細胞が、がんをやっつけるので、体にも優しいらしいのです。


先生はこの研究を1977年から続けてたというから、製品ができるまで通算38年間。


ほかの研究もあったと思いますが、ずっとこの研究を続けていたわけです。


「信念」としか、いいようがありません。


研究が製品として世に出るまでの3つの関門


この薬のように、新しい製品が世の中に出るときは、3つの関門があるといいます。


魔の川


一つ目は、「魔の川」と呼ばれるもの。



研究者が素晴らしいと思って自分の人生をかけて一つの細胞の研究をしても「それ、何の役に立つの?」と思われてしまったら、それは研究だけで終わってしまいます。


この細胞の働きの発見は、がんの治療薬に使えるかも!


という可能性が見いだせなければ、日の目を見ることはありません。


多分、こういう研究のほうが、多いんでしょうね。


たくさんの研究がここで消える中、なんとかこの悪魔の川を泳ぎ切り、今までの研究が、世の中の役に立つと認められた!


次は、がんの治療薬としての研究スタート!


と思ったら、次の関門が来ます。


死の谷


川が終わったら、次は「谷」です。


役に立つのは分かった。で?誰がお金出して製品化するの?


という問題があるのです。



試験管の中で、がん細胞が撲滅する薬ができても、大量に生産して売らないといけない。


これはまた、研究とは全く違う苦しみです。


本庶先生の場合は、ここを小野薬品がサポートしてくれたわけです。


  • 製品化まで何年かかるかわからない
  • どれだけお金がかかるかわからない
  • どれだけ売れるかわからない


というわからないだらけの状況で、企業はお金を出して、設備を整えて製品化するのですから、とてもリスキーで、気の長い話です。


サポートしてくれる企業が見つからずに、ここで息絶えてしまう試作品も、山のようにあるわけです。


そんな中、やっと製品化!


ところがここにも関門が。


ダーウィンの海


谷が終わったら、次は「海」です。


大海原にはたくさんのライバルが。


それまで苦労して膨大なお金も使って製品化したのに、売れない。


これは青くなります。



本庶先生と小野薬品の場合は、画期的な治療薬なので、ここは問題ありませんでした。


逆に、「せっかく長年苦労して作ったのに、もっといいものが世の中に出てきてしまった。」


と絶望しているライバル会社はたくさんいるかもしれません。



こうして、「魔の川」、「死の谷」、「ダーウィンの海」という関門を通る間に、無数の汗と膨大なお金が水の泡と化しているのです。


新しく誕生した商品は、すべてこうした試練を経て生き残っているもの。


それまでの苦労が認められず、研究者が研究をやめてしまったら、世の中に画期的なものは登場しなくなってしまいます。


本庶先生の今回の訴訟は、この3つの試練を乗り越えなければならない研究者が、会社側に対して弱い立場になってしまわないように、未来の研究者を守るための戦いだったんだなと思います。


研究者の利益と会社の利益、両方が成立して初めて、素晴らしい研究が社会に役に立つ製品になります。